おんかい
おんかいすごろく、サイコロふって・・
物事には必ず初めがある。よーいドンのすごろく遊びの初めは中立だ。そこからサイコロをふって出目の結果に一喜一憂する。ひとマス跳んで前進、初めに戻るなど・・。
むかしむかし「人生ゲーム」というボードゲームに夢中になったものだ。わぁ〜わぁ〜言いながら、結果的にみんな最後のゴールへ到着した。すごろくが始まると「中立」は永世中立ではなくて、その人々の出目に「上下左右」されてしまう。虚はなく実はあるすごろくをしているうえでは「中立」ではあるが・・・。足し算引き算の単純な結果で結構愉しめるのだ。
「すごろく遊びを全うしなさい。いきなりサイコロを一回ふって終了はないですよ、何のためにすごろくをしているの?・・・」
と問いかけられているようだ。
あぁ・・、ややこしい綴り方だ。これを「虚」とでも言うのやろか?
「実」は音階すごろくを愉しんでいるのだ。最初の最初にどうやって弾いていくのか、しっかり教わって一人歩きしだした。すると音階すごろくとサイコロをそれぞれに持たされ、足し算引き算の世界を満喫することになる。いわゆる自宅練習。そこでその人なりの特性が少しずつ定着していく。良くも悪くも・・・。
- 良きに気づいたときは嬉しい。(=足し算)
- 悪しきに気づいたときは悔しい。(=引き算)
- 気づいていないことに気づいたときは嬉しい。(=足しかけ算)
- 気づいていないことに気づかないときは虚しい。(=虚!?)
まだまだいろいろ在るだろうが止めておく。
音階練習はドレミファソラシドレミファソラシドシラソファミレドシラソファミレドの繰り返しだが、すごろく以上に奥が深い。
「音階」が「音怪」になったり、また「音快」になったりと・・・。
この世の中で最初っから完全無欠完璧に歩行している人間が居ないように

